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東京高等裁判所 昭和34年(う)2720号 判決 1960年4月27日

控訴人 被告人 東京電解株式会社 外一名

弁護人 阿南主税

検察官 上田朋臣

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は各被告人の弁護人阿南主税作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここに之を引用し、之に対し次のとおり判断する。

弁護人の控訴趣意第一点乃至第四点について

原判決書によれば原判決がその理由中罪となるべき事実として各被告人に対する法人税法違反の有罪事実を認定判示し、判示第一の罪につき被告人会社を罰金六十万円、被告人竹内を罰金十万円に、判示第二の罪につき被告人会社を罰金五十万円、被告人竹内を罰金十万円に処していることが認められる。

これに対し所論は詳細陳述するが、要するに、(一)原判決は本件法人税法第四十八条第一項の逋脱犯の既遂時期を法人税の確定申告後法定納期を経過した時とし各被告人を処罰しているが、本件は法人税を免れようとした未遂行為に過ぎない。現行法人税法は旧法の賦課課税制度を改め申告納税制度を採用したが、元来租税は国民の間に公平に配分されなければならないから国民の自主的申告だけでその目的を達し得るものでないことは租税の宿命的本質であつて、完全に租税の目的を達するためには必然的に政府による課税標準の調査等行政権の作用が要請されるもので、右要請により法人税法第二十九条により申告なきとき又は申告を不相当と認むるときは政府の調査により決定し又は更正すると規定し、大蔵省設置法第三十六条大蔵省令第七十条第七十一条等により内国税の課税標準の調査、検査、及び国民の納税義務に関する指導監督事務と国税犯則取締法による犯罪検挙の事務を判然区別規定している訳で、現行法人税法は申告納税制度を採用しているが、納税義務者の申告により満足な結果を期待していないのであつて、納税義務者の申告後において強力且つ広汎な徴税権の作用により完全な租税目的を達成することを規定しているのであるから、政府の徴税権の作用からすれば納税義務者が詐偽その他不正の行為により納税申告書を提出しても、その後における政府の調査検査によりその不正は発見是正され徴税目的は達成されるのであるから、法人税を免れたとの被害法益は法人税法第十八条以下の確定申告により直ちに既遂となるものでなく未遂である。そしてこの事は旧法人税法第二十九条の規定を廃止したからと云つて逋脱犯の要件が変つたものとは思われない。従つて原判決は納税義務者の確定申告という単なる未遂行為を敢て処罰した違法がある。(二)原判決は虚偽不正の申告と法人税を免れた結果との間に因果関係がないのに、法人税法第四十八条第一項の逋脱犯として各被告人を処罰した違法がある。本件に於て被告人会社は法人税の申告に当つて不測の損害補填に備え売上金の一部を別口預金しこれを除外して申告したのは事実であるが、仮りに右行為が詐偽その他不正行為であるとしても、被告人会社は昭和三十三年六月四日東京国税局査察官武井文生等の来社質問を受けるや別口預金を申告から脱漏している事実を自白し政府の徴税権の行使を誤らしめなかつたのであるから、因果関係は中断されているのである。法人税法第四十八条第一項の逋脱犯は法定犯で納税義務者の詐偽その他の不正行為そのものの悪性を処罰するものでなく、これ等の行為により法人税の納付を免れ現実に国庫に損害を及ぼした結果の発生を条件とするものであつて、右不正行為と税を免れた結果の発生との間に因果関係を要するものであること当然である。原判決の云うように未だ国庫に損害を及ぼした結果の発生がないのに申告と同時に逋脱犯が既遂となるものでない。本件においては政府の調査に当り逸早くその非違を自白しこれにより徴税権の侵害を防止し得たのであるから、これにより因果関係は中断し、不の虚偽申告の行為のみ残ることとなる。而して右不正の虚偽申告行為は他の虚偽申告罪と比較しその行為自体逋脱未遂行為に過ぎない。原判決は本件逋脱犯が結果犯であることを無視し右自白を無意味たらしむるもので不法の判決である。(三)原判決は被告人会社が法人税法第二十四条の修正申告をなし法人税を納付したのに尚逋脱犯として処罰した違法がある。法人税法第二十四条は旧法人税法第二十九条の「詐偽其ノ他不正ノ行為ニ依リ法人税ヲ逋脱シタルモノハ其ノ逋脱シタル税金ノ三倍ニ相当スル罰金又ハ科料ニ処シ直ニ其ノ税金ヲ徴収ス但シ自首シ又ハ税務署長ニ申出デタル者ハ其ノ罪ヲ問ハズ」と規定してあつた趣旨を踏襲したものであつてその意義は全く同一である。法人税法第二十四条は不足額を生じた原因については特に規定するところがないから納税義務者が詐偽その他不正の行為によつて虚偽の申告書を提出しても、その後犯意を中止し、正当な納税義務を履行する目的で政府から更正決定の通知を受くるまでの間は、修正申告書を提出して不足税額を納付すれば、法人税法第四十八条第一項の逋脱犯の成立を阻却することができる旨の権利を認めた趣旨であつて、正当な税金を納付すればこれにより国庫は充足され徴税権の目的は達せられ税金を免れた事実は解消するのである。被告人会社は証拠上明らかなように昭和三十四年六月二十二日別口預金としていた売上金並に銀行預金利子の全部を法人税法第二十四条の規定により修正申告をし、昭和三十四年七月一日所轄税務署長から更正決定の通知を受領するまでに、脱漏分の法人税金三百七十五万七千八百四十円金二百五十八万九千六百五十円を納付したのであるから、法人税法第四十八条第一項の逋脱犯の成立は阻却されたのであつて、右は原判決の云うように単なる情状ではない。原判決は徒らに不正の虚偽申告書を提出し法人税を納付しないで法定納期を経過すれば逋脱犯は既遂になるとの観念に囚われて居るのである。(四)原判決は本件が法人税法第四十八条第一項の詐偽その他不正の行為であるとしているが、本件は法人税法第四十三条の二の加罰要件たる仮装隠ぺいの不正行為に過ぎない。被告人会社は輸入鉄屑を取扱うものの通弊として海外市況によつて不測の損害を蒙る場合があるので、利益の一部を損失補償のため積立てて置いたのはこの事自体は不正ではないが、これが積立ての方法として別口預金として決算から除外すれば法人税法上隠ぺい行為で、他の損金科目に包含せしめて積立てれば仮装行為となる。この隠ぺい仮装による決算書に基き法人税の申告書を提出すれば重加算税の科罰要件を充し、法人税法第四十三条の二の重加算税たる行政罰を科せられること当然であるが、本件の場合のように別口預金による損害準備金が全然他の目的に使用せらるることなくその侭次期事業年度に繰越されているときは将来の損害補填に充当せられ当該事業年度の損金が減殺されるから、数事業年度を通算して考えるときは法人税を免れた結果を生じない。従つて被告人会社の真意が損害補填準備金として別口預金をしたとしても直ちに法人税逋脱の犯意ある行為に該当するものと断じ得ない。即ち法人税法第四十八条第一項の詐偽その他の不正行為に該当するか必ずしも明確ではない。而も法人税を免れんとする犯意の有無、逋脱犯の構成要件たる不正の行為に対する判断は事業年度主義によつて決すべきものでない。本件に於て被告人会社は次期事業年度に於て千二百二十一万六千余円の損失を生じ、本件別口預金を右損失の補填のみに使用したこと明らかであるから未だ以て法人税逋脱の犯意ありとは云うことはできない。若し原判決の云うように本件に於て法人税法第四十八条第一項の詐偽その他不正行為による逋脱犯成立すると解するときは、右不正行為と法人税法第四十三条の二の規定による重加算税の処罰要件たる隠ぺい仮装の行為による申告書の提出による不正行為とは全く同一の行為であるから、同一行為につき行政罰と刑罰とを併科することとなり、憲法第三十九条の一事不再理の原則に反すると云うに在る。

よつて案ずるに原判決認定の第一、第二の事実は総てその挙示する証拠により優にこれを肯認することができ、記録を精査しても右認定が誤つているものとは思われない。これにつき(一)所論は先づ右認定の売上金の一部を別口預金とし当該事業年度の決算から除外して申告したことは法人税法第四十八条第一項の詐偽その他不正の行為に該当しないと主張するが、本件に於けるが如く法人税を逋脱する目的で各期の売上金の一部を表勘定に計上することなくこれを別口預金とする方法により虚偽の貸借対照表損益計算書等を作成し、これに符合する虚偽過少の所得金額を確定申告書に記載して所轄税務署長に提出することは、法人税の逋脱を可能ならしめる行為であつて社会通念上不正と認められる行為であるから法人税法第四十八条第一項の詐偽その他不正の行為に該当すること勿論である。而して右被告人会社の所為が法人税法第四十八条第一項の逋脱犯の犯意等の点を除外すれば法人税法第四十三条の二の加罰要件たる隠ぺい仮装の不正行為に該当するが、被告人会社は右認定のとおり本件各事業年度の確定申告を為すに当り相当多額の売上金の一部を別口預金としてこれを認識し乍ら敢て虚偽の貸借対照表、損益計算書等を作成しこれに符合する虚偽過少の所得金額を確定申告書に記載して所轄税務署長に提出したのだから逋脱犯の犯意があつたこと明白で、所論のように逋脱犯の犯意の有無を決するに当り数事業年度を通じて考うべきものでないことは云うまでもない。(二)次に所論は法人税法第四十八条第一項の逋脱犯の既遂時期を法人税の確定申告後法定納期を経過した時と為すべきでないと主張するが、現行法人税法は旧法人税の賦課納税制度を廃止し申告納税制度を採用し確定申告書の提出により申告書に記載された法人税額は自動的に確定し確定した以上政府は法定の納期内に該法人税の収納を為すものであるから、若し右納期内に法人税の収納がないときは政府は収納の減少を来たし納税義務者より見れば法人税を免れる結果となるから、法人税法第四十八条第一項の逋脱犯は納期の経過により既遂犯となるものと解する。本件に於て被告人会社は原判示のように第一、第二の各事業年度に当り前説示のような詐偽その他不正行為により法人税法第十八条第一項の規定により申告を為すべき法人税を法定の納期を経過するも納付せずこれを免れたこと明らかであるから、原判決には所論のような法人税を免れようとした未遂行為を処罰した違法はない。そして所論の法人税法第二十九条の政府の調査更正は申告納税制度の下に於ても租税の公平を期するため当然されねばならぬことを規定したものであり、また所論大蔵省設置法第三十六条大蔵省令第七十条第七十一条等は大蔵省内に於ける事務分掌の規定であり、所論旧法人税法第二十九条は旧賦課課税制度の下に於ける罰則であるから、何等右見解の妨げとなるものではない。(三)更に所論は被告人会社は法人税の申告に当つて不測の損害補填に備え売上金の一部を別口預金しこれを除外して申告したが、被告人会社は昭和三十三年六月四日東京国税局査察官武井文生等の来社質問を受けるや別口預金を申告から脱漏して居る事実を自白し、政府の徴税権の行使を誤らしめなかつたのであるから因果関係は中断されたと主張するが、原判示のように被告人会社の昭和三十年事業年度に於ける虚偽過少の確定申告は昭和三十一年五月三十日昭和三十一年事業年度における虚偽過少の確定申告は昭和三十二年五月三十日夫々所轄神田税務署に提出され、法定納期たる各四月一日から二箇月の経過により夫々当該法人税を免れ本件逋脱犯は既遂となつたもので、前記詐偽その他の不正行為による申告と納期の経過により法人税を免れた結果との間に因果関係のあることも明白である。所論は右既遂になつてから後、而も一年乃至二年経過した後の自白を以て因果関係が中断されたと主張するものでその理由なきこと自ら明白で所論法人税法第四十九条第一号は到底右因果関係が右自白まで継続しているとの論拠とならない。(四)また所論は被告人会社は法人税法第二十四条の修正申告を為し法人税の納付を為したのだから本件逋脱犯の成立は阻却されると主張するが、本件逋脱犯は前説示のとおり第一は昭和三十一年五月末、第二は昭和三十二年五月末の経過により成立しているのであるから、記録上明らかなように被告人会社に於て法人税法第二十四条の修正申告により前記東京国税局の調査後から昭和三十四年七月一日更正決定を受くるまでの間に脱漏分の法人税を納付したとしても、右は本件逋脱犯の成立後であつて本件逋脱犯の成立を左右する事由とはならない。右法人税法第二十四条の修正申告については過少申告加算税等の不徴収等の措置を講じているに止まり、特に明文を以て逋脱犯成立後これにつき不論罪を規定していないので、所論のように旧法人税法第二十九条但書の不論罪を踏襲したものとはみられない。旧法人税法第二十九条但書は明文を以て逋脱犯成立後これにつき自首しまたは税務署長に申出でたときはその罪を問わずと規定しているからである。(五)所論は、本件逋脱犯の詐偽その他の不正行為は法人税法第四十三条の重加算税の処罰要件たる隠ぺい仮装の行為による申告書の提出の不正行為と同一で被告人会社は行政罰と刑罰とを併科され憲法第三十九条の一事不再理の原則に反すると云うが、各種税法は特別の性質を有する間接税に於ける通告処分を除き所論重加算税等の行政罰の外更に刑事罰を科することとなつているのであつて、法人税法もこれが例外ではないから本件逋脱犯に於ても刑罰の外その所為が法人税法第四十三条の二に該当するに於ては同条の重加算税を課し得べく、憲法第三十九条の一事不再理の原則は刑罰のみに関する規定であるから同一行為について刑罰の外重加算税等の行政罰を科しても憲法に違反しない。以上のとおり原判決には所論のような事実の誤認乃至法令適用の誤はない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により之を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山田要治 判事 滝沢太助 判事 鈴木良一)

控訴趣意

先ず控訴理由を陳述する前に、被告会社が法人税法違反事件として問擬せられるに到つた事実の梗概を陳述する必要がある。被告会社は検察当局の提出した各証拠、原審における武井証言、並に被告代理人の提出した証拠等全記録に明かなように、主として輸入鉄屑(全取引の八〇%)を電気分解して錫を回収し、製鉄用屑鉄として販売することを業とする会社であつて、此種輸入屑鉄を取扱う者の通幣として、海外市況によつて不測の損害を蒙る場合があるので、この損害に備え事業の堅実を図り、従業員の生活の安定を企図することが中小企業者として、自衛上絶対に必要な事柄である。被告会社はこの目的で比較的好況時に収入の一部(全取引の二、五%程度)を別途予金し、決算に当つて別途予金を不表現損失引当金として決算から除外した。従つて法人税法(以下単に法という)第十八条の確定申告に当つて別途引当金があり、これを課税標準金額に加算の上申告すべきものであることは知つていたが、損害の発生と同時に直ちにこれを益金に繰り入れ、損金を補填するから、それだけその事業年度の欠損金を減少し、結局において法人税の逋脱にはならないとの意思で、起訴事業年度まで別途引当を継続して法人税の申告をした。(起訴次年度においては一二、二一六千円の損害を生じた、弁第四号証参照)昭和三十三年六月四日、突然東京国税局査察官武井文生外数名が来社し、法人税申告洩れの有無につき質問を受けたので、前述の目的から別途予金のあることを自白し、直ちに取引銀行に同行し別途予金の全額を明にした。その後における調査に当つても、少しも秘匿するところなく全面的に調査に協力し、全資料を提供して調査の完了に協力したのである。その結果別途損害引当金を除いては違反事実はなかつたのである。被告会社は昭和三十四年六月廿二日、法第二十四条により別途予金並に予金利子の全部を修正申告し、昭和三十四年七月一日所轄税務署長から、起訴年度に対する更正決定の通知書を受領するまでに、脱漏分の法人税を納付完納したのである。以上の事実が原判決の基礎となつた事実である。

控訴理由第一点 原判決は申告納税制度の真意を曲解し、法人税を免れようとした未遂行為を処罰した違法がある。

法第四十八条第一項の逋脱犯(以下単に逋脱犯という)の構成要件は同条に「詐偽その他の不正行為により法第十八条第一項……若しくは第二十二条の五第一項の規定により申告すべき法人税を免れ又は第二十六条の四第四項の規定による金額の還付を受けた場合においては云々」と規定していることにより明かなように、法人税を免れ、又は法人税の還付を受けて、現実に国庫に損害を与えた場合に限り逋脱犯の成立を認めていることは、逋脱犯が結果の発生を重視し、他の租税犯と区別し、租税犯中最高の法定刑をもつて臨んだことで明らかであつて、逋脱犯が結果犯であるということは一致した見解である。然るに原判決は法人税を免れた時期について、「申告納税制度を採つている現在の法人税法の下においては、納税義務者が法人税逋脱の自的をもつて虚偽過少の確定申告をなし、右虚偽申告の後更らに正当な税額を納付しないで所定の納付期限を経過すれば、ここに逋脱罪は既遂に達するものと解すべく、すなわち法人税法第四十八条にいう「申告をなすべき法人税を免れ」とは納税義務を消滅させることの意味ではなく、法人税法の要求するところはその納期に、正当な税額が納付されることに鑑みれば、その納期においてあるいはその税額の点において法の要求するところが正しく実現されなかつたとき、ここに政府からすれば法人税収納減少の事実、納税義務者からすれば「法人税を免れた」事実の発生があつたものと解するのが相当である」と判示し申告後法定納期を経過した時を逋脱犯の既遂時期としている。この判決の根底をなしているものは、申告納税制度である。即ちこの制度の下では、法人税逋脱の目的をもつて虚偽の申告書を提出し、所定の納期限に正当な税額が納付されないで納期限を経過すれば政府からすれば法人税収納の減少の事実、納税者からすれば法人税を免れた事実が発生するから、国家の徴税権は侵害を受けてここに逋脱犯は既遂となるというのである。而してこの解釈の根拠は申告納税制度の下では申告後における政府の広汎な徴税権の作用とは関係なく、納税義務者に法律の要求する正しい申告による納税が要求されているからであるとの観念に基くものである。この判決の正当性を支持するためには、国民の全部が正しい納税義務を理解し、法律の規定だけで国民の各々が負担力に応じた租税を公平に分担し、法律の命ずる時期に自ら税金を国庫に納付するという高度の納税道義が発達普及し、租税の使命達成の為に政府の徴税権の行使がなくても納税者の自主的行為のみで租税の目的が完遂されることが可能であり、若しこの義務に違反するときは、犯罪者として刑事責任を科する違法性を当然のこととして是認し得る程度まで国民感情がこれを支持し、国民の経済的訓練が完成していることを要するのである。しかし不幸にして現実はこれと反対である。即ち租税の本質と人間の自衛本能たる利己心とから、納税義務者の自主的申告のみで、完全に租税目的が達成され、この納税義務違反者の悉くに刑罰を以つて臨み得るほど納税道義は高揚していないし、又現行法人税法は国民にかような高度な納税義務を要求して逋脱犯の構成要件を規定してはいないのである。要するに原判決は申告納税制度乃至租税の理想と、犯罪の成立とを混同した誤つた見解に立脚していると謂はざるを得ないのである。

以下各控訴理由の陳述においてその誤つた所以を明にする。先ず総論として申告納税制度の意義を明にせねばならない。申告納税制度の真の意義を理解するには前提として租税の本質を明にせなければならない。租税とは国家並に公共団体たる公権の主体が、その統治費用を支弁するために、国民に対価を与えないで一方的に徴収する金銭又は金銭的価値であることは財政学者の一致した見解である。即ち租税は国家並に公共団体が最終的には、一方的に且つ強制して徴収する貨幣価値であるということは、申告納税制度の現行法のもとにおいても、賦課課税制度の旧法時代においても一貫した観念であつて些かの変化もない。租税はその性質上国民の間に公平に配分せられなければならないから、国民の自主的申告だけでその目的を達し得る性質のものでないことは、租税の宿命的本質であつて、完全に租税目的を完遂するためには必然的に、政府による課税標準の調査、検査並に国民の納税義務を指導監督するという行政権の作用が要請されるものであることは、租税行政の沿革に徴し明白な事実であつて、申告納税制度を採用することによつて旧法当時政府が課税標準金額を決定し、最終的に納税義務を確定発生するまでの間に詐偽その他不正の行偽によつて租税を免れようとした不心得を改めて、自首したときは、その罪を問はないとした旧法人税法第二十九条の規定を急激に廃止しても、国民の納税道義上、租税犯に対する刑事訴追を実践し得るものではないからこの沿革を無視して逋脱犯の構成要件を立法したとは到底考え得ないのである。現行租税行政の規範は、旧法当時と同じく、憲法第三十条において「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」との原則の下に国民の納税義務の発生はすべて法律によることとし、この憲法のもとに各税法は一般的に国民の負担すべき納税義務、即ち如何なる者が、如何なる時、如何なる範囲で租税を負担すべきかを規定している。而して納税義務者における具体的納税義務の発生は、賦課課税制度の下においては、政府の課税標準金額の決定により発生し、申告納税制度の下においては第一次的に納税義務者が自主的に自己の納税義務を判断し、一定時期に申告することにより発生するが、飽くまで自主的発生であつて、原判決の如く法律の要求する正確な納税義務の全部を刑罰との関連において要求しているのではない。即ち申告納税制度は納税義務者が、申告納税によつて国庫に納付した限度において相対的に納税義務を消滅せしむる法律効果を生ずるだけで、国家の徴税権との関係において絶対的に消滅するものではないから、納税者の申告だけで徴税権の最終目的である国庫の充実という法益が侵害を受けるということはあり得ないのである。抑も申告納税制度を採用した所以のものは、賦課課税制度の場合のように、政府の調査決定による納税義務が時期を異にして不平等に発生する不公平を避けて、納税義務者の納税良心に訴えて、一定時期に普遍的な納税義務を発生せしめ、自主的に国庫に租税を納付した限度において納税義務を消滅させることによつて、政府の徴税手続を省略せしめようという便宜主義から採用されたものであつて、飽くまで租税目的の完遂は申告納税制度のもとにおいても納税義務者の申告後、政府の徴税権の作用によるという立法趣旨であることは法第二十九条が、申告なきとき又は申告を不相当と認むるときは政府の調査により決定し又は更正すると規定したこと、及び大蔵省設置法第三十六条において「調査査察部においては内国税の賦課徴収事務のうち所得その他の課税標準についての調査、検査、及び犯則の取締に関する重要なもので大蔵省令で定むるものを掌る」と規定し大蔵省令第六十九条には調査課、査察課の二課を置くことを規定し同第七十条において調査課の分掌事務につき一、所得その他の内国税の課税標準の調査及び内国税に関する検査で法第三十六条の規定に基く大蔵省令で定めたものを行うこと但し査察課の所掌に属するものを除く、二、国税局において行う所得その他内国税の課税標準の調査及び内国税に関する検査で法第三十六条の規定に基く大蔵省令で定めるものに関する事務(国税犯則取締法に基く調査及び検査に関する事務を除く)を指導監督すること、同第七十一条は査察部においては左の事務をつかさどる。一、国税犯則取締法に基く調査、検査及び犯則の取締で法第三十六条の規定に基く大蔵省令で定めるものを行うこと、二、国税局において行う国税犯則取締法に基く調査、検査及び犯則の取締で法第三十六条の規定に基く大蔵省令で定めたものに関する事務を指導監督することと規定し、課税標準の調査、検査及び国民の納税義務に関する指導、監督事務と、国税犯則取締法による犯罪検挙の事務とを判然と区別していることからも首肯せられるのである。以上の規定によつて明かなように、現行申告納税制度のもとにおいても、租税法規は納税義務者の申告によつて徴税権の満足な結果を期待してはいないのであつて、納税義務者の申告後において、強力且つ広汎な徴税権の作用によつて申告の不備欠陥を補正し、是正し、指導し、監督し、よつてもつて完全な租税目的を達成することを規定しているから、この政府の徴税権の作用からすれば、納税義務者が詐偽その他不正の行為によつて申告書を提出したとしても、この後における政府の調査、検査により容易にその不正は発見、是正されて徴税権の目的は達せられるから、徴税権の侵害たる法人税を免れたとの被害法益からすれば法第十八条以下の確定申告は単なる未遂行為と謂はざるを得ない。故に逋脱犯の構成要件として規定した詐偽その他の不正行為により法人税を免れ、又は還付を受けて徴税権の侵害行為が完了する場合は、納税義務者の申告のときでなく、その申告後政府が行使する徴税権の行使に当つて、具体的に詐偽不正の行為が行はれ、この詐偽不正の行為との因果関係において、国家の徴税権の完遂が侵害せられたとき、始めて逋脱犯の構成要件が充足されて逋脱犯が成立するのである。即ち申告納税制度を採用した現行法のもとにおいても、賦課課税制度の旧法当時においても、犯罪構成に関する立法趣旨は全く同一であるのである。若し原判決のように、納税義務者が、租税逋脱の犯意をもつて詐偽その他の不正行為により申告書を提出したとき直ちに国家からすれば法人税減少の事実が生じ、納税者からすれば法人税を免れた結果が生じ、逋脱犯が既遂となるものとすると、法第二十九条の徴税権の行使は悉く国税犯則取締法に基く査察課の所管事務とならざるを得ない。かくては大蔵省設置法第三十六条並に大蔵省令第十七条、第七十一条の規定は規範の意義を失うに至るのである。この点からするも原判決が虚偽の申告書を提出し正しい納税をしないで納期を経過したとき直に逋脱犯が既遂となると判示したのは徴税目的の達成からは納税義務者の申告という単なる未遂行為を処罰したので誤りであると謂はざるを得ない。

控訴理由第二点 原判決は法第四十八条第一項の文理解釈を誤り、虚偽不正の申告と法人税を免れた結果との間に因果関係のないのに逋脱犯として処罰した違法がある。

被告会社は冒頭事実の梗概の項に陳述したように、不測の損害補填に備えて売上金の一部を別途予金し、法人税の申告に当つてこの別途予金を除外して申告したことは事実であるが、仮りにこの行為が原判決における判示の如く典型的な詐偽その他不正行為であるとしても、被告会社は昭和三十三年六月四日、東京国税局査察官武井文生外の来社質問を受けると同時に、前述の目的から別途予金をして申告から脱漏している事実を自白し、徴税権の行使を誤らしめなかつたのであるから、因果関係は中断されていることは原審における武井証言で明かである。然るに原判決はこの事実の判示につき「また税務当局の調査査察を受けた際には、これを欺罔する意思なく、直ちに別口予金のあることを自白したとしても、すでに法人税逋脱の目的をもつて詐欺その他不正の行為により所轄税務署長に対し虚偽過少の確定申告をなし、そのまま納期を経過している以上、さかのぼつてこれらの行為を正当化するものではないことは勿論であり、また別口予金口座を設け当該事業年度の決算書から除外して申告したことは、被告会社の将来の損失補填を主たる目的としたものであるとしても、他面同時に法人税逋脱の目的の存する以上同法条にいう詐偽その他不正の行為というを妨げるものではない」と判示しているが、この判決も控訴理由第一点で指摘したと同様、申告納税制度のもとでは申告と同時に逋脱犯が既遂となるとの先入観に座するものであつて、不当な判決である。逋脱犯はもとより法定犯であつて、納税義務者の詐偽その他の不正行為そのものの悪性を処罰するのではなく、此等の行為により法人税の納付を免れ現実に国庫に損害を及ぼした結果の発生を処罰条件とするのであつて、詐偽その他の不正行為と税を免れた結果の発生との間に因果関係を要することは、刑事責任の一般理論からも、又法第四十八条第一項が「詐欺その他不正の行為により法人税を免れ又は法人税の還付を受けたとき」と規定した文理解釈から当然であつて、原判決のように此等の不正行為と結果との因果関係を納税義務者の犯意と確定申告との間だけに限定する理由はなく、広く国家の徴税権の行使に当つて、詐偽その他不正の行為と税を免れたという徴税権の侵害との間に因果関係があれば逋脱犯として処罰せなければならない。これを臂へば政府の課税標準の調査に当り、申告当時からの不正行為を継続して調査官吏を欺罔した場合は勿論、調査官吏を買収して法人税を免れた場合、又は調査に当り証拠を湮滅して真実の発見を妨害し或は暴行脅迫して調査官吏をして調査を中止せしめ、因つてもつて法人税を免れた場合の如きは寧ろ典型的な逋脱犯事件と謂はねばならない。これと同時に、本件のように政府の調査に当り逸早くその非違を自白しこれによつて真正な課税標準金額を捕捉して徴税権の侵害を防止し得た場合は、納税義務者の意思によつて因果関係は中断したものとして処断すべきものと解すべきことは、逋脱犯が法定犯である当然の結果である。抑も法第四十八条第一項の「詐欺その他不正の行為により」との意義は、徴税権の行使をなす具体的の場合、その相手方に対しての行為であつて、申告を為す場合のように特定の相手方がなく唯申告者自身において一般的且つ概念的の相手方に対して為す場合は、その行為自体は未遂行為である。この解釈の正しいことは、法第四十九条の二の虚偽申告罪において虚偽の記載をなして政府に申告書を提出したときとの規定と、法第四十八条第一項の「詐偽その他不正の行為により……法人税を免れ又は法人税の還付を受けたとき」と規定した立法趣旨を比較すれば一目瞭然たるものである。若し原判決の如く、虚偽の申告により正当な税金の納付をしないで納期を経過すれば逋脱犯が既遂となるとの判示に従えば。因果関係の連鎖を問題とする余地ないと同時に、申告以後政府の調査に当り前述の如き不正行為が為されたとしても法第四十八条第一項の逋脱犯の成立と無関係であるか乃至は過剰行為となつて処罰の対象から除外せられる不当の結果を生ずるばかりでなく、法人税の還付を受ける目的で虚偽の申告書を提出したときは、未だ法人税の還付を受けず現実に国庫に損害を及ぼさない場合においても、申告書を提示しただけで不法還付罪が成立するという結果となり、単に法人税を免れ、又は還付を受ける危険を生じただけで逋脱犯又は不法還付罪の既遂を認めることとなり、本罪が結果犯である構成要件に反する不法の判決であると謂はざるを得ないのである。

控訴理由第三点 原判決は被告会社が法人税法第二十四条により法人税を納付したのに尚逋脱犯として処罰した違法がある。

法第二十四条は「第十八条乃至前条の規定による申告書を提出した法人は、当該申告書に記載した所得金額若しくは積立金額又は法人税額について不足額がある場合……においては、第三十二条の規定による更正又は決定の通知があるまでは、先に提出した申告書に記載した事項のうち、修正すべき事項その他命令で定める事項を記載した申告書を、政府に提出することができる」と規定して納税者に修正申告権が認められている。本条の立法趣旨は、賦課課税主義であつた旧法当時において納税者が租税逋脱の目的で詐偽その他不正の行為で所得を秘匿し申告していても、政府において課税標準金額を決定するまでの間に自首したときはその罪を問はないという、旧法人税法第二十九条の趣旨を踏襲した立法であつて、申告納税主義を採用した結果「その旨を官に申出でたとき」との規定を「当該申告書に記載した所得金額若しくは積立金額又は法人税額に不足額がある場合……申告だけで、その意義は全く同一である。而してこの規定に明かなように、不足額を生じた原因については特別の規定がないから、納税者において法人税を免れる犯意のもとに詐偽その他不正の行為によつて虚偽の申告書を提出しても、その後犯意を中止し、正当な納税義務を履行する目的で政府から更正決定の通知を受くるまでの間(旧法は政府が課税標準金額の決定をなすまでの間)は修正申告書を提出して不足税金を納付すれば、法第四十八条第一項の罪の成立を阻却することができる旨の権利を認めた趣旨である。これ又この規定は逋脱犯が法定犯であることに基く当然の規定であつて、法人税を免れようとの犯意のもとに虚偽不正の申告書を提出しても、その後犯意を飜して税法に定められた正当な税金を納付すれば、これで国庫は充足されて徴税権の目的は達せられるのである。税金を免れた事実は解消するのである。国庫の充足が実現した後においても、尚過去において免れようとした危険性を処罰することは、例へば法第四十三条の二の重加算税を賦課する如き行政罰の対象となることはあり得るとしても、法第四十八条第一項の税を免れた結果を処罰する逋脱犯の成立を認める必要はないのである。被告会社は、昭和三十四年六月廿二日、別途予金としていた売上金並に銀行予金利子の全部を法第二十四条の規定によつて修正申告をし、昭和三十四年七月一日、所轄税務署長から起訴年度に対する更正決定の通知を受領するまでに、脱漏分の法人税金三百七十五万七千八百四十円、金二百五十八万九千六百五十円を納付したことは証拠により明かであるから、法第四十八条第一項の処罰要件を欠缺しているのに、原判決は前途の如く申告納税制度を前提として「たとえ所論の如く政府の調査に対し過去の不正をすべて自白し、あるいは法人税法第二十四条により自発的に政府の更正決定のある以前に修正申告書を提出し、税額を納付したとしても、これらは情状としては充分斟酌されなければならないことではあるが、逋脱罪の成立に消長を及ぼすものではなく、法人税法第二十四条は同法第四十三条第三項とならんで申告納税制度が自主的な適正申告をなすことを建前としているので納税者がすでに申告した法人税額について不足額があることを発見した場合には正当な法人税額に修正する機会を認めたものであり、自発的に修正した場合には過少申告加算税等を徴収しないこととし、これによつて申告納税制度の下における法人税の適正申告を側面的に、促進強化しようとするにあるのであつて、この規定をもつて納税義務者に対し法人税逋脱罪の成立を阻却する権利を附与したものであるとは到底考えられない」と判示している。この判決の真意とするところは法第二十四条の修正申告を認めたのは、納税義務者が詐偽その他不正の行為を以って申告書を提出したような犯意に基いた場合でなく、単に法律上の事実誤認によつて申告した場合か、又は犯意に基く此等の行為をもつて申告書を提出しても政府において此等の事実が未だ発覚しない前即ち更正の為の調査開始前の修正申告に限るとの通説によつたものと察せられるのであるが、法第二十四条の規定からはかような制限解釈をなさねばならない法文上の根拠はないのに飽くまで申告納税制度の誤つた見解から逋脱犯の成立時期を、詐偽その他不正の行為によつて虚偽の確定申告書を提出し正規の法人税を納付しないで法定納期を経過すれば逋脱犯は既遂となるとの既成観念を固執するために、逋脱犯が法定犯であるということも、租税沿革上自首免責の思想があつたとの事実も租税行政の実践において、政府の調査により更正決定をした事案のうち相当部分が実質上からは逋脱犯に該当すると認められるのを、重加算税賦課の行政罰のみの処罰に止め、行政罰と刑事犯との区分に画然たる一線を欠いている如き、更らに法人税逋脱の犯意をもつて故意に申告をなさない所謂不作為による作為犯につき訴求の徹底を欠いでいる事実、又逋脱犯の成立につき原判決の態度を採りながら、申告後の修正申告において論理の一貫を欠ぎ、更正決定調査着手前の法第二十四条の修正申告と、本件の場合の如く調査の冒頭において一切を自白しその後修正申告をした場合との間の事実認定が困難なために、偶々犯意情状の軽き場合を刑事犯として追求する場合を生じている如きは法第四十八条第一項の逋脱犯が法定犯であり詐偽その他不正の行為をもつて法人税を免れた場合を徴税権の作用全体から判断しないため因果関係の中断した場合を考慮する余地なく、法人税法上納税義務者に許容された権利行使により、法の命ずる納税義務を履行した場合においても、不徹底な情状論を以つて処断せねばならないことになるのである。原判決もこの誤ちを犯したものでもとより違法である。

控訴理由第四点 原判決は詐欺その他不正の行為についての標準を誤り、法人税法第四十三条の二の加罰要件たる仮装隠ぺいの不正行為に該当する事実を、法第四十八条第一項の詐偽その他不正の行為として処断した違法がある。

被告会社は冒頭に陳述したように輸入鉄屑から錫を回収し、収去した後の鉄屑を製鉄用原料として販売するのであるが、屑鉄の相場が海外事情と内地相場に支配されて予想し難い巨額の損害を蒙る場合があるので、此場合金融機関から受信を得ることの困難な中小企業者の常として、比較的好況時に利益の一部を損失補填のために積立てて置くことは、事業堅実性を第一義とする会社の企業経営の常道であつて、このこと自体は不正ではない。唯積立ての方法として本件の場合の如く、別口予金として決算から除外すれば法人税法上隠ぺい行為であり、他の損金科目に包含せしめて積立つれば仮装行為となり、何れも厳格な意味からは不正行為であつて、この隠ぺい仮装に基く決算書に基き法人税の申告書を提出すれば、法第四十三条の二に規定した重加算税の科罰要件を充足し、重加算税たる行政罰を科せられることは当然であるか、本件の場合のように別口予金による損害準備金が全然他の目的に使用せられることなく、その侭次期事業年度に繰越されていたときは、将来の損金補填に充当せられて当該事業年度の損金を減殺されるから、数事業年度を通算して考えるときは法人税を免れた結果は生じない。従つて法人の真の意思が損害補填準備金として別口予金したとしても法人税逋脱の犯意ある行為に該当するか、即ち法第四十八条第一項の構成要件たる詐偽その他の不正行為に該当するかは必ずしも明確でない。もとより法人税は事業年度主義により各事業年度毎の利益を計算し法人税を課せなければならないから、別口予金として積立てた場合たると仮装し負債勘定として積立てた場合たるとを問はず、これを積立事業年度の利益に加算することは勿論であるが、法人税を免れんとする犯意の有無、逋脱犯の構成要件たる不正の行為に対する判断は、事業年度主義によつて決するものではなく、法人税を免れた結果との因果関係に連鎖ある詐偽その他の不正行為であることを要するものと解すべきである。而して被告会社の場合は起訴事業年度の次期事業年度において卸売相場の下落により一二、二一六千余円の損失を生じたことは弁第四号証のとおりであつて、別口予金の使途においても損金の補填以外には使用していないことも明かであり、且前述のように政府の調査に当つて直に別口予金ある事実を自白し、法第二十四条により修正申告書を提出し、法人税逋脱の結果は生じていないのであるから、逋脱犯の構成要件たる詐偽その他の不正の行為と判断すべきものではない。然るに原判決は「同条にいう「詐偽その他不正の行為」とは事実を虚構し、または真正な事実を歪曲し、若しくはこれを隠匿して当該官吏を錯誤に陥らしめる等逋脱を可能ならしめる行為であつて社会通念上不正と認められる一切の行為をいうものと解すべきであるから本件におけるが如く法人税を逋脱する目的で毎期の売上代金の一部を表勘定に計上せず、これを別途予金とする等の方法により虚偽の貸借対照表損益計算書等を作成しこれに符合する虚偽過少の所得金額を確定申告書に記載して所轄税務署長に提出するが如きはむしろ典型的の詐偽その他不正行為であつて、別口予金口座を設けるが如きは未だ客観的に政府を欺罔するに足る不正行為とはいえないから前記法条にいう詐偽その他の不正行為に該当しないというが如きは固より独自の見解であつて到底採用することはできない」と判示している。果してこの判決のとおりだとすれば、申告納税制度のもとで逋脱犯の成立につき原判決の見解を採るときは、法第四十三条の二の規定による重加算税の処罰要件たる隠ぺい、仮装の行為による申告書の提出の場合の不正行為と、法第四十八条第一項の規定による詐偽その他の不正行為とは全く同一の行為を行政罰と刑罰とを併科することとなり、憲法第三十九条の一事不再理の原則に反するばかりでなく、前途の如く当該官吏を錯誤に陥らしめる等逋脱犯を可能ならしめる未遂行為をも法人税を免れた結果として処罰することとなり、不法な判決であると謂はざるを得ない。

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